大願成就の島 硫黄島熊野三山


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[73] 番組を視聴して Name:寺本麻美 Date:2018/02/10(土) 23:20 [ 返信 ]
 今回番組を視聴していて最も印象的だったのは、実際に硫黄島へ調査に向かうVTRが含まれていたことでした。これまで様々な講義を受けてきましたが、文学研究をする中で実際に現地に赴き、そしてそこで調査し判明したことを研究に活かす、というのはなかなか聞かない話でしたので新鮮に感じました。文学研究というと、文書とにらめっこする学問、という印象が大変強かったのですが、今回の番組視聴でその固定概念が崩れると同時に、文学研究への関心、意欲が高まりました。
 ただ、今回のように実際に物語の舞台を訪れ調査する際には、その地域で大幅な地形の変化などが起きていないか確認しておくことも重要だと感じました。今回の薩摩硫黄島のように周囲が海に囲まれている場合(特に大谷と呼ばれる大きな岩が集まる場所など)は、波による浸食の影響も考えられるのではないかと思います。物語が書かれた当時、あるいは舞台となった時代においても同じような地形であったのか確認する作業も極めて重要なものだと思いました。
 もう一つ、番組を見ていて印象に残ったのは、最後の「真実や真理の側に領域はない」という言葉でした。これは授業のなかでも先生がおっしゃっていたことですが、今回の番組視聴を通してその言葉の重みをより強く感じることができました。
 今回番組の中で三つの謎を解き明かす際に、「三国名勝図会」など日本国内の書物についてはもちろんのこと、潮の流れや滝の種類についてなど様々な知識が用いられているのを見て、「領域がない」ことを実感しました。偉大な学者は自分の専門以外の知識も多く持ち合わせているものだ、とどこかで聞いたことがありますが、何かを探求するには幅広い知識と広い視野が必要不可欠なのだと再認識しました。私も「専門外だから」などと理由をつけずに、幅広い分野の知識に関心を持ち、触れていきたいと思います。

[74] RE:ありがとうございます Name:野中哲照 Date:2018/02/16(金) 09:38
〉ただ、今回のように実際に物語の舞台を訪れ調査する際には、その地域で大幅な地形の変化などが起きていないか確認しておくことも重要だと感じました。今回の薩摩硫黄島のように周囲が海に囲まれている場合(特に大谷と呼ばれる大きな岩が集まる場所など)は、波による浸食の影響も考えられるのではないかと思います。物語が書かれた当時、あるいは舞台となった時代においても同じような地形であったのか確認する作業も極めて重要なものだと思いました。
→重要なご指摘です。地形が変化したことなど、古地図の残っていない離島では立証のしようがないように見えます。ところが、わたくしは次のような論証方法を採っております。硫黄島の大谷の地形で、@稲村岳から北に五十余町、A海に面している、B複数の巨石、C崖が海に迫っているの4点が、ここが3人の住まいだとする根拠なのですが、このうち地形が変化しそうなのはB、Cですね。ところがBについては、硫黄島の北側海岸線に巨石の林立する場所がほかにないこと(一地域の巨石だけがことごとく粉砕されて大谷だけに残存しているという変化は考えにくいこと)が明白であり、Cについても、地震などで起こりうる崩落を想定しても、それほど崖が海に迫っていたとみられる場所がほかにないことを確認しております。BCがそのような手続き付きの証拠であっても、@やAで前提的な絞り込みや補強がなされているので、BCだけを取り上げて、この説が「危うい」ということにはならないのです。それに、放送の中では触れていませんが、延慶本『平家』の中では、赦免船が硫黄島の北側にいったん着いて成経・康頼らと対面したあと、その船を硫黄島本港である南側に回したと読める表現もあるのです。硫黄島の北側で、船を仮にでも寄せられそうな場所は、大谷、坂元、小坂元の三か所しかなく、その三か所のうち大谷は延慶本『平家』の表現とことごとく符合する=偶然の一致とは考えにくい=という話なのです。


  



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