大願成就の島 硫黄島熊野三山


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[65] 視聴してみて Name:池田陽香(野中が代理投稿) Date:2017/11/15(水) 08:10 [ 返信 ]
 島に流された彼らには、正確に測量を行う術を持っておらす、それゆえに記述の距離と実際の距離に差がある、というのは面白かったです。それを調べるために実際に歩いてみる、という調査方法は、文学は本や文献とにらみ合いをして研究するものだ、という固定観念を打ち破るものだと思い印象深かったです。
 雨が降った後にのみ見られる滝の、周囲の地形はどうなっているのかと思いました。もし悪路で、三人が住んでいた所からも離れているのならば、三人がその滝を見つけたのはなぜなのかと疑問に思いました。(悪路であるなら、雨が降って更に歩きにくくなった所をわざわざ歩くことはしないのではないかと思ったからです。)
 あと、そもそもなのですが、卒塔婆を流した、という表現がありましたがその材料は何だったのでしょうか? 材料を自分で見つけてそれを切り出して流したのでしょうか。テクストの表現は島の立地や状況と似ている所が多いので、当時の状況をかなり忠実に描いたものだと思います。ですが卒塔婆も実際にやっていたと考えると、(更にそれが本土に流れ着くまで数を流したと考えると)とても労力のいる作業だったと思います。それは可能だったのかと疑問に思いました。
 テクストの何気ない描写が、数百年前の事実・状況を解き明かすものであり、その過程が推理小説や数学の証明の様でとても面白かったです。多くの根拠を集めるために、文学というジャンルのみから探すのでなく、幅広い分野から探しだす、という手法の重要性を痛感しました。

[66] RE:お返事申し上げます Name:野中哲照 Date:2017/11/25(土) 23:50
>雨が降った後にのみ見られる滝の、周囲の地形はどうなっているのかと思いました。もし悪路で、三人が住んでいた所からも離れているのならば、三人がその滝を見つけたのはなぜなのかと疑問に思いました。(悪路であるなら、雨が降って更に歩きにくくなった所をわざわざ歩くことはしないのではないかと思ったからです。)
→彼らが歩く道は、悪路ではありません。その道から、300メートルくらい離れた山の壁面に滝が見えるのです。どしゃ降りの日に斜面を水が流れ(滝が発生し)、それを離れたところから拝んだということになります。

>あと、そもそもなのですが、卒搭婆を流した、という表現がありましたがその材料は何だったのでしょうか? 材料を自分で見つけてそれを切り出して流したのでしょうか。
→通常の卒塔婆は1間(180センチ)ほどありますが、康頼は千本も流しました。そんな材料は硫黄島にはありません。ですので、延慶本『平家物語』では、1尺〜2尺(30〜60センチ)のミニ卒塔婆だったと書かれていますし、流木を利用したものであったのでしょう。康頼が卒塔婆を流したことは事実だったのかもしれませんが、それが千本に及んだとか、厳島神社に流れ着いたという部分は虚構だろうと考えられます。

>テクストの何気ない描写が、数百年前の事実・状況を解き明かすものであり、その過程が推理小説や数学の証明の様でとても面白かったです。多くの根拠を集めるために、文学というジャンルのみから探すのでなく、幅広い分野から探しだす、という手法の重要性を痛感しました。
→往々にして、領域を超えた発見のほうが面白く、意義深いものです。嬉しいご感想です。

ありがとうございました。


  



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